本当のところはどうなの?のブログ

本当のところはどうなの???

幽霊その1

幽霊を信じるか?信じないか?
 
どんな証拠があっても、この議論は納得出来なければ信じられない人はいつまで経っても信じられないだろう。
 
一般的に幽霊は成仏していない魂が彷徨っているものだと言われている。
だがこれは明らかに間違えている。
こう言われるのは様々な宗教的背景があるからであるが、実際には死んだ人間のごく普通の魂が仏(仏陀)になることは先ずありません。その理由は私たちが生きている目的が意識の進化に他ならないからです。意識の進化はすべての生命が協力して共同で行っています。それこそが宇宙の表現そのものとなります。
 
宇宙で唯一行われていることが意識の進化であるのに、その進化するプロセスを飛び越えていきなり仏陀になったことを考えてみましょう。そうすることにより意識があまり発達していない状態でも仏陀という意識のレベルまで到達してしまうということです。そこに意識の進化するという宇宙における最も興味深い体験の意味がまったく失われてしまうことになってしまいます。そして仏陀という価値すらも無くなってしまうものなのです。
そんなにすぐに仏陀になれないのは「努力」することに意義があるからなのです。
それが生命なのです。
また「努力」がなぜ価値があるのかと言うと、そこに意識を進化させる原動力があるからなのです。
そこに生命は感動することが出来、同じ体験をした場合でもより深く認識することが出来るのです。
長くなりましたが、死後、成仏というのは普通はありません。
でたらめな宗教が楽することを選んで言い広めたことに過ぎません。
 
さて幽霊は服を着ていたり、靴を履いていたりしているのはどうしてなのでしょう?
 
私たちの世界、物質界は知覚できるレベルで固体、液体、気体というように状態で識別されています。
これらは皆、エネルギーのレベルを表しています。
固体と液体を比べると液体の方がエネルギーが高いです。
液体と気体を比べると気体の方がエネルギーが高いです。
気体以上に高いエネルギーはあるのでしょうか?
残念ながら気体よりも大きなエネルギーは肉体の眼の細胞に反応することが出来ないため目に見えなくなります。
この場合、反応というのはエネルギーの波長を合わせると言ったほうがいいかもしれません。
波長を合わせるということは同期させるということです。
自分がすでに知っているものと外部からの刺激の波長を合わせたとき、対象物のことを認識することが出来ます。 
以前にも何度かここに書かせていただいておりますが、何かを測るとき、測る物自体は測定される対象よりも波長が高くなければなりません。それはエネルギーが高いということです。
エネルギーの高い方のみがエネルギーの低いものを判断することが出来るのです。
逆にエネルギーの低いものがエネルギーの高いものを見ると、確率として捉えられてしまいます。
しかし本当は確率論があるということではないのです。
宇宙には偶然というようなことはありません。
それはまだ人類にはわかっていない法則があるということなのです。
 
ところで話を戻すことにして幽霊はなぜ服を着ているのか?
それは上にも書いたとおり、エネルギーの高いものがエネルギーの低いものを判断することが出来るからなのです。
どういうことかと言うと私たちの「思考」というのは「物質」を判断することが出来るということは物質よりも高いエネルギーだということを表しています。
その思考というのは逆にエネルギーに指向性を持たせることが出来ます。
思考により物質の原型ともいうようなエネルギーを瞬時に作り出すことができるのです。
このエネルギーは通常、複体と呼ばれどのような物質でもほとんど同じ様な大きさで重なっているのです。
物質とは止まっているように見えるエネルギーのことです。
それは見えるだけであって実際には物質を構成している高いエネルギーを持つ粒子がそれより低いエネルギーの周りを回り、その形を維持しようとしているのです。 
ですから物質は本当は動いているのです。
これの分かりやすい例が光です。
光の場合を見てみると光は特定の波長域の光子の振動数だと言います。
ところが光をその特徴(波長)を維持したまま仮に止めて見てみようとすると周波数という成分が無くなり、もはや光としての特徴が無くなってしまいます。
これと同様に物質というエネルギーにとってもその中にある電子や素粒子と言われる粒子の動きを仮に止めてしまえば、その物質としての性質が無くなってしまうのです。