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「支那」をNGワードに指定 支那が「中国」を強制する理由2017.12.19 07:00(記事転載)

支那はChinaと同原の言葉 代表撮影/AP/AFLO

 使ってはいけない言葉を政府が決めるという馬鹿げた話が中国で大真面目に進んでいる。呉智英氏は背景に日本への差別意識があると看破する。

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 九月五日の朝日新聞に北京支局発のニュースが載った。支那政府が企業名に使われるべきではない「NGワードを決めた」というのである。中には「海洛因(ヘロイン)」など、確かにまずかろうと思うものもある(とはいえ、海洛因商事などという企業名があるとは考えにくいのだが)。しかし、「中国の蔑称『支那』」もその中の一つとあっては、笑い話ですますわけにはいかない。

支那」は英語のChinaと同原の言葉で、支那を指す世界共通語である。支那最初の統一王朝「秦」を起原としている。これが蔑称のわけがない。「支那」が蔑視の文脈で使われることが多いというなら、Chinaだってそうだ。欧米で、あいつはChineseみたいな奴だと言う時、支那人みたいにかっこいいという意味など決してない。必ず悪い含意がある。私がスペインの田舎町に行った時、子供たちが私を指さしてChino Chino(チノ チノ)と笑った。西洋人は概して東洋人を蔑視してきた。

 こうした西洋の東洋人蔑視に抗議するというのなら分からないではない。しかし、支那政府は、英米にもフランスにもスペインにも、Chinaと呼ぶのをやめよ、ChugokuもしくはCentral Land(中央の国)と呼べと言ったことは一度もない。必ず日本に対してのみ、こうした無茶苦茶な要求、というより差別的な要求をしてくるのである。

 なぜ、これが差別的な要求なのか。

 今も述べたように「中国」という名称は「世界の中央の国」という意味である。そして、これが通用するのは東アジア一帯だけである。西洋でこんなことを言えば、Chinaはバカかと笑われるだけだろう。

 東アジア一帯とは、かつて「華夷(かい)秩序」にあった地域である。その思想を「中華思想」という。これは単なるお国自慢、愛国思想ではない。上下意識・差別意識による他民族支配思想である。その象徴が「中華」「中国」という国名なのだ。

 ごく標準的な高校生向け受験参考書を見てみよう。山川出版社の『詳説・世界史研究』(二〇〇九年版)に、こんな記述がある。

「中国では、古くから周辺の異民族に対し、中華思想と呼ばれる文化的な優越感があった」「漢族を華と称してその国土を中華・中国・中原と呼んで美化するとともに、異民族を文化程度の低い夷狄(いてき)と称して蔑視する」

「中国」こそ、このように差別語なのである。

 江戸時代に福岡の志賀島で出土した「金印」は、現在国宝に指定されている。これに刻まれた印文は「漢の委(倭・わ)の奴(な)の国王」であり、奴(那珂川〔なかがわ〕周辺)は倭(日本)に服属し、倭は漢に服属している、という意味だ。支那はこれと同じ意識で、日本に対して支那を「中国」と呼ばせようとしている。

 世界中で、差別の加害者が被害者に対して謝罪した例は、残念ながら多くない。しかし、差別の被害者が加害者に対して謝罪を強制させられているという例は、日本だけである。

【PROFILE】呉智英●1946年生まれ。早稲田大学法学部卒業。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』(双葉文庫)、『つぎはぎ仏教入門』、『吉本隆明という「共同幻想」』(いずれもちくま文庫)など多数。

※SAPIO2017年11・12月号