本当のところはどうなの?のブログ

本当のところはどうなの???

ビニールハウスで育てられる中国産「ドブ川野菜」の実態 (記事転載)

文春オンライン / 2018年1月29日 11時0分

 野菜作りに欠かせないのは、空気、水、光という自然の恵みである。では、中国産野菜はいったいどのような自然環境で作られているのだろうか。冷凍食品や野菜ジュースなどに形を変え、今も知らず知らずに私たちが口にしている中国産野菜。食卓からは決して見えない産地の実態を調査すべく、本誌取材班は山東省に飛んだ。

見渡す限りのビニールハウスが

 北京から高速鉄道で4時間ほどの距離に「中国の野菜の里」と呼ばれる町がある。山東省寿光市。寿光市には540平方キロメートルの野菜生産基地が広がっており、年間の野菜生産量は400万トンを超える。
 市の中心部から2~3キロ車で走ったところに、寿光市のシンボルともいえる野菜の巨大市場があった。「中国・寿光農産品物流園有限公司」。2009年に20億元(約345億円)かけて作られた世界最大の青果市場である。
 敷地内に入ると、キャベツ、ニンジン、リンゴ、トマト、みかんなどの農作物を積んだ軽トラックが、クラクションを鳴らしながら激しく行き交っている。深夜2時から午後5時まで営業しており、約1万人が働いているという。
 200ヘクタールの広大な敷地には、数十種類以上の野菜、果物の集荷場があり、中国全土から集まった業者が買い付けていく。他にも、加工工場、ビジネスセンター、ホテルも備わっている。
「この市場から、国内200以上の都市に野菜や果物が出荷されていきます。国内だけでなく、日本やEUなど20余の国と地域に輸出されていきますよ」(市場で勤務していた従業員)
 巨大な市場を後にして、数キロほど車で走ったところに圧巻の風景が広がっていた。どこまでも続くビニールハウス群。トマト、きゅうり、キャベツ、ニンジン……。見渡す限り、碁盤状に整然と並んだビニールハウスで埋め尽くされている。まさしく巨大野菜生産基地だ。
 ビニールハウスの間を縫って車を走らせる。だが、単調な一本道だからといって迂闊にスピードを出せなかった。
 理由は視界を遮る靄(もや)だ。窓から漏れ入ってくるツンとした化学的な臭いから、それが自然発生した現象ではないことはすぐにわかる。中国全土で深刻な大気汚染問題を引き起こしているPM2.5は都市部のみでなく、田舎の野菜生産地までをも覆い尽くしていたのである。

川の汚染は上流にある製紙工場が原因

 靄の中を車で進むこと十数分。今度はおぞましい光景が目に飛び込んできた。
 緑色に変色した川。紙屑やビニール袋、空き缶などの生活ゴミも浮かび上がっている。
 車から降りた瞬間に、腐敗した臭いが鼻をついた。ゴミに交じって油も浮き上がっている水面から、川底はとうてい見ることができない。おまけに、ゴミの臭いに誘われて、あたりには無数のハエが飛び回っている。車に戻っても十数匹が入り込んできて、追い払うのに苦労するくらいの夥しい数だ。
「ドブ川」と呼ぶにふさわしい、汚染された川が、いくつもの細い支流に分かれ、この巨大野菜生産基地の間を入り組んで流れているのである。
 ドブ川から道一本隔てたビニールハウスで作業をしていた一家に話を聞いた。トマト、きゅうりなどを育てているという。
「川の汚染は上流にある製紙工場から出る排水が原因だよ。でも、ここは工場から7キロ以上も離れているから大丈夫。ビニールハウスに使う水は160メートルの井戸を掘って、地下から水を取っているんだ。影響はないはず」
 こうは言うが、目と鼻の先に汚水が流れているのだ。川水がどこからか井戸水に流れ込んでいる可能性もあるだろうし、少なくとも土壌は日に日に汚染されているはずである。

農民は「収穫は半分に減った」

 近くの綿畑で作業していた親子に話を聞いた。
「ここは川が近すぎて井戸を掘ったって意味はないさ。みんな製紙工場に不満を持っている。政府に文句を言ったかだって? 役人に楯ついたって犯罪人にされるだけだよ。汚水の影響でかつて1畝300キロとれた綿は、この数年は250キロくらいしかとれなくなったよ」
 人体への影響はあるかと聞くと、「ないわけがない!」と叫んだ。
「だが、いま具体的にどんな影響が出ているかは自分たちにもわからないんだ」
 川の周りで植樹をしていた近隣住民に話を聞いた。30年以上この地で農家を営んでいるという。
「緑化を進めるためだよ。こんなに汚れた川を前にしたらむなしい作業だけどね。うちは、とうもろこし、小麦をやっているけど、ここ数年で収穫は半分に減った。あの水の中にどのような危険なものが入っていて、どう作用しているかは具体的に分からない。ただ、化学物質などが植物の根に影響を与えるのだろう。
 収穫量は半分に減ったよ。収入もね。3年前に汚水の処理場ができたけど、見ての通り、まったく効果はないよ。工場では1000メートルの穴を掘って、そこに汚水を流すような取り組みもやっているらしいが、本当のところは我々住民にはまったくわからない。こうして土はどんどん汚れていく。この先の不安はぬぐえない。
 昔はこの川で子供たちは水遊びし、魚釣りをして遊んでいたんだがね……」

北京の比ではないPM2.5に吐き気を催した

 さらに上流に向けて車を走らせると、もうもうと煙をあげる煙突が見えてきた。レアアースの加工工場だ。すぐ隣には防水材の工場。さらにその奥には、農民たちが口にしていた巨大な製紙工場がそびえたっていた。
 工場地帯を進むごとに徐々に靄が濃くなっていく。目が刺すように痛み、むっとした臭いが立ち込める。記者が北京で体感してきたPM2.5の比ではなかった。小一時間、外にいるだけで吐き気を催すくらいなのだ。しかし、住民たちは何食わぬ顔で、マスクなしで暮らしている。
 そして、工場の脇を流れる川を見下ろせば、先ほどビニールハウス群のそばで見た川よりはるかに黒ずんだ汚水が垂れ流されているのだ。
 製紙工場から出てきた若い男性に声をかけた。
「体には悪いとは思いますけど、生活のためだから仕方ないって感じかな。慣れてしまいますよ」
 彼の給料を聞くと、ひと月4000元(約7万円)ほど。直前に取材していた青島の食品加工工場よりも1000元ほど高い。しかし、たった1000元高いからといって、こんな過酷な環境で働き続けられるものだろうか。

子供たちの体は心配だけど……

 小さな集落で露店を開いていた20代の女性に声をかけた。
「確かに10年くらい前までは工場もそんなになくて、空気も川もきれいだった。いつの間にかこうなっちゃったんだけど、平気です。ずっと暮らしていると、慣れてしまいますよ」
 とケロリと話す。だが、別の地元民によると、「ここの人たちは肝臓が肥大化する病気になっている。30~40代のガンも多い」という。
 小さな商店に入り、飲み物を買いながら店主に聞いてみた。
 なぜこんな有害な環境下で住み続けるのか――。
「私は工場に土地を貸しているから、1年に1万2000元(約20万円)もの副収入があるんだ。確かに子供たちの体は心配だけど……」
 彼の周囲では2~3歳の女の子が飛び跳ねて遊んでいる。彼の孫だ。
「ただ、この豊かさは捨てがたい。数年してカネが貯まったら、もっと南の方に居を移すかもしれないが」
 一日の取材を終えて、寿光市内のホテルに戻る。
 ビュッフェには、産地の山盛りのサラダや煮物、野菜炒めなどの野菜料理が並べられていたが、手をつける気にはなれなかった。
(「週刊文春」特別取材班)