「道がわからなくなった」登山中の40代男性が遭難、3ヶ月後に“白骨化遺体”で発見…知っておきたい“山の死亡事故リスク”と安全知識
いつの時代でも、アウトドアで行うスポーツやレジャーは、老若男女を問わず多くの人たちに親しまれている。しかし、その一方で、野山での遭難事故や、川・海での水難事故が後を絶たない。そのような不幸な事故を減らすためには、どうすればいいのだろうか? 【画像】「道がわからなくなった」登山中の死亡事故リスクもある山の写真をすべて見る ここでは、実際に起きた事故を取り上げ、自然の中にはどんな危険が存在しているのか、どうすれば事故を防げるのか解説した羽根田治氏の著書 『これで死ぬ アウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』 (山と溪谷社)から一部を抜粋。実際に山で起きた事故の具体的な事例と、事故を未然に防ぐための知識や応急処置方法などを紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く) ◆◆◆
すべって落ちて死ぬケース
2泊3日の予定で、槍・穂高連峰に入山した60代女性の行方がわからなくなりました。8月下旬、女性は単独で上高地から入山し、その日は涸沢の山小屋に宿泊。翌日は北穂高岳を往復するため小屋を出発しましたが、夕方になっても戻らなかったため、山小屋が家族に連絡し、家族が警察へ一報を入れました。警察は翌朝から捜索を開始し、昼前、北穂高岳南稜の標高約2890メートルの斜面で、倒れている女性登山者を発見し、死亡を確認しました。 現場の状況から、女性は登山道から50メートルほど滑落したものとみられています。悪天候のため、遺体を収容できたのは発見から4日後のことで、遺体は行方不明の女性であることが確認されました。 また、5月中旬の某日未明、70代の男性が山から帰宅しないと、警察に届出がありました。男性は栃木県の日光・鹿沼市境にある地蔵岳・夕日岳にひとりで登ると、家族に伝えて家を出たそうです。家族が警察に届出をしたのち、夜中に男性から「道に迷ってどこにいるかわからない。ケガはしていない」と電話がありましたが、その後、連絡がとれなくなりました。 警察や消防などはその日から捜索を開始し、2日目に地蔵岳の登山口近くで男性のザック、ストック、帽子などを発見。翌日、登山道から約250メートル離れた急斜面で、木の幹の根元に引っ掛かっている男性を発見し、死亡を確認しました。現場の約30メートル上には滑落したような跡がありました。 ・死なないためには? 転滑落事故の大半は、油断や不注意などが引き金となる。 とくに疲れていると注意力が散漫になりやすい。転滑落の危険がある岩稜帯や岩場、急斜面などはもちろんだが、安全そうに見える場所でも事故は起きているので、気を緩めずに行動したい。また、事故多発地帯ではヘルメットを着用しよう。
土砂崩れで死ぬケース
8月中旬の午前7時半ごろ、北アルプスの白馬岳で大規模な土砂崩落が発生しました。現場は大雪渓上の葱平で、崩落の規模は長さ約200メートル、幅約50メートル。この崩落に登山者2人が巻き込まれて生き埋めとなり、 60代の男性が死亡し、50代の男性が重傷を負いました。 負傷した男性によると、「ゴーっという飛行機のエンジンのような音が聞こえた直後、大きな岩と雪が混ざった雪崩が襲ってきた。逃げる途中、後ろから飛んできた石が頭に当たって倒れた」とのことです。この日の午前中、白馬岳周辺ではまとまった雨が観測されており、長野地方気象台は土砂災害などに注意するよう呼びかけていました。 ・死なないためには? 事故現場となった大雪渓周辺では、過去10年間で2度の土石流災害が起きていた。長雨や豪雨のあと、雪解けの時期などは土砂崩れの危険が高くなっているので、行動の可否を慎重に判断したい。土砂や岩が堆積している沢筋など、リスクの高そうな場所では、上方に注意しながら素早く通過すること。
道に迷って死ぬケース
北海道札幌市の手稲山で1月中旬、登山をしていた40代男性から「道がわからなくなった。足がつって動けない」と、消防に救助要請が入りました。男性は前日から単独で入山しており、「ビバークの装備はある」と話していましたが、その後、携帯電話は通じなくなりました。通報を受けて、警察と消防は4日間にわたって捜索を行ないましたが発見できず、捜索は打ち切られました。 それからおよそ3ヶ月後の4月下旬、雪解けに伴い再捜索をしていた道警ヘリが、手稲山の標高約450メートル地点で、性別不明の遺体を発見しました。そばにはザックがあり、遺体の一部は白骨化していましたが、DNA型鑑定の結果、捜索していた男性と判明しました。 ・死なないためには? 山では、地図や登山用地図アプリなどを使って現在地を確認しながら行動すれば、道に迷うリスクを低減できる。積雪で夏道が隠されているシーズンは、とくに慎重に現在地を確認する必要がある。 また、スマートフォンで現在地の緯度経度を知る方法も覚えておき、救助要請時にはそれを伝えるようにする。
知っておきたい安全知識(1)心肺蘇生法
登山中の病気やケガなどで心肺停止または呼吸停止に陥ってしまった場合、胸骨圧迫(心臓マッサージ)と人工呼吸を交互に繰り返す心肺蘇生を速やかに行なう必要がある。心肺蘇生を行なうことによって命が助かった例は数多くあるので、正しい知識と適切な処置の方法をしっかり身につけておきたい。心肺蘇生は、原則的に救助隊やAEDが到着するまで続けること。仲間やほかの登山者が近くにいるなら、交代しながら行なうといい。
知っておきたい安全知識(2)外傷の応急手当
山でケガをした場合、救助隊が到着するまでには、どうしてもある程度の時間がかかってしまう。そこで救助を待つ間に、傷の痛みを和らげ、傷が悪化しないようにするための処置が応急手当だ。外傷で最も多いすり傷や切り傷の応急手当は、圧迫止血法によって出血を止め、きれいな水で傷口を洗浄し、ワセリンなどで傷口を保護する、というのが基本的な流れとなる。捻挫や骨折、打撲などの場合は、次の「RICE処置」で対処する。 Rest(安静):ケガの状況に応じた楽な姿勢をとって体を休ませる。 Ice(冷却):患部を冷やすことで発熱や腫れを抑止し痛みを緩和する。 Compression(圧迫):内出血や腫脹を抑制するため、三角巾やテーピングなどで患部を圧迫する。 Elevation(挙上):患部を心臓よりも高い位置に上げて、腫脹を防止する。 具体的な応急手当の方法については、負傷箇所によってやり方が異なるので、山岳団体などが主催する講習に参加したり、セルフレスキューの技術書を読むなどして、各自で学習しよう。なお、軽微なケガなら、応急手当をしたうえで自力下山も可能かもしれないが、無理して行動することによって傷を悪化させたり、さらなる危険を招いたりすることもある。 ダメージの程度と今後の行程を考慮し、無理そうだと判断したら躊躇せず救助を要請することだ。
知っておきたい安全知識(3)道迷いのリカバー
山に登れば、誰もが多かれ少なかれ、道に迷うものだ。しかし、注意していれば間もなくルートを外れたことに気づき、引き返すことで正しいルートに戻ることができる。「山で道に迷ったら引き返せ」というのは登山の鉄則であり、登山者なら誰もが知っていることであろう。だが、ある程度の経験を積んだ登山者でも、それがなかなか実行できない。ルートを外れれば、どこかの時点で必ず気づくはずなのだが、そこで行動を停止せず、さらに先へと進んでしまう。これが道迷い遭難に陥る典型的なパターンだ。 不審に感じながらも引き返せないのは、異常を感知できずに正常な範囲のものとして処理する正常性バイアス、物事を自分の都合のいいように捉える楽観主義バイアスなど、さまざまな認知バイアスが作用するからである。とくに道迷いは下りで起こりやすく、登り返すことの体力の消耗度や、日没までの時間的制約などを考えると、「どうにかなるだろう」と自分自身を納得させて、そのまま進んでいってしまう。しかし、たいていの場合はどうにもならず、道迷いの泥沼へとはまり込んでいく。 そうならないためには、「おかしいな」と感じた時点でストップして休憩をとり、地図を見るなり行動食を食べるなりして気持ちを落ち着かせてから、たどってきたルートを引き返そう。引き返せない場合は、焦ってあちこち歩き回らず、携帯電話が通じるところから救助を要請するのが賢明だ。
知っておきたい安全知識(4)落雷
雷は高いものに落ちる性質があり、山頂、尾根、立木など、山には雷が落ちやすいものがあちこちにある。唯一、安全なのは山小屋なので、山で雷に遭遇したら、急いで最寄りの山小屋に逃げ込むのがいちばんだ。避難するときはできるだけ姿勢を低くして移動する。雨が降っていても傘をさしてはならない。近くに山小屋がなければ、谷筋や窪地、山の中腹などに逃げ込んで、できるだけ姿勢を低く保って雷が去るのを待つしかない。 心情的には大きな木の下に避難したくなるが、木に落ちた雷が人に飛び移ってくる「側撃」が起こる可能性があり、かえって危険。ただし、下のイラストで示した保護範囲内にいれば、比較的安全だとされている。
知っておきたい安全知識(5)熱中症の応急手当
大量の発汗、めまい、筋肉のこむら返りなどの症状が表れたら、とにかく体を冷やして体温の上昇を抑えること。左のイラストのように仰向けの体勢にして休ませたら、太い血管が皮膚に近い場所を通っている首筋、脇の下、股の付け根に、冷たい水を入れたペットボトルや、濡れタオルなどを当てて冷やす。扇子などであおいで風を送るのもいい。発汗によって失われた水分と塩分も充分に補給しよう。
知っておきたい安全知識(6)低体温症の応急手当
低体温症の予防・対処の4原則は、「隔離」「保温」 「加温」「カロリー摂取」。寒さや風雨を遮ることのできる山小屋などに避難したら、濡れたウェアを着替え、防寒具やレスキューシート、シュラフなどで体を保温する。さらにお湯を入れた耐熱性の容器を胸などに当てがって加温するとともに、高カロリーの温かい飲み物を飲む。体表部の冷たい血液を体の深部に送り込んでしまうマッサージはNG。
知っておきたい安全知識(7)高山病の応急手当
国内の山で発症する高山病は、比較的軽症の急性高山病がほとんどだが、それが重篤化して、命に関わる高地肺水腫や高地脳浮腫に進行することも稀にある。高山病のいちばんの特効薬は、高度を下げること。頭痛や吐き気などの症状が出たときに、しっかりした深呼吸をしばらく続けても改善されないなら、速やかに下山する判断を。自力下山が無理なら救助を要請するしかない。( #2 に続く) 「遺体の後頭部に大きな傷」「腕や背中も引っかかれ…」60代女性がヒグマに襲われ死亡…アウトドアで遭遇する“危険な動物”たち へ続く
羽根田 治/Webオリジナル(外部転載)