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中国に「ひざまずく」西洋、筆頭はノルウェー…劉暁波氏の死が炙り出した新しい世界の“対中規範”


 中国の民主活動家、劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏のがん治療と死をめぐって巻き起こった嵐のような中国批判は、すぐ沈静化した。2010年の劉氏へのノーベル平和賞で中国と鋭く対立したノルウェーは今回ほぼ沈黙を通し、変節ぶりを印象づけた。20カ国・地域(G20)首脳会合でも劉氏は大きな話題とならず、中国は主要国への影響力の強さでも自信を深めたと思われる。「これが新しい世界の規範」。西側メディアから嘆息が漏れてくる。(坂本英彰)

  口閉ざすノルウェー
 「彼女はまるでサケ売り商人のようだった。人権や劉氏について一言も触れることはなかった」
 今年4月はじめ、ノルウェーの首相として10年ぶりに北京を訪問し
ソルベルグ首相について、中国の著名な民主活動家がノルウェー紙アフテンポステンにこう話したという。

 中道右派ソルベルグ政権は昨年末、平和賞でこじれた中国との関係を修復し、約6年ぶりに正常化させた。「中国の核心的利益を高度に重視する」とうたった共同声明は、中国の体制転換にかかわる民主化問題については口を閉ざすことを意味し、屈服に近いと国内でも批判を浴びた。
 しかし、かつてノルウェーの独壇
場だった養殖サーモンの対中輸出はカナダやチリに立場を奪われ、多数の経済人を引き連れた首相は失った貿易の機会を取り戻そうと、必死だったに違いない。平和賞の選考委員会はノルウェー政府と表裏一体だとして、中国市場からの締め出される事実上の制裁を受けていたのだ。


  「悪夢のような踏み絵」
 6月末、劉氏が肝臓がんで刑務所の外の病院で治療を受けているとのニュースが突如、世界を駆けめぐった。ソルベルグ氏にとってそれは極めてタイミング悪く現れた、悪夢のような踏み絵となった。対応次第では中国との関係が再び悪化する危険があり、踏みつければ人権国家としての面目は丸つぶれにもなる。
 ノルウェーのメディアなどによると、ソルベルグ氏は極力目立たぬようにして難局を乗り切ったようだ。
 米独が治療のための受け入れなどを表明してアピールする中、沈黙を保ち続けた。国内で「沈黙は中国政府に対する同意のサインだ」との批判も出たが、動かなかった。7月13日、劉氏が死去して初めて「非常に深い悲しみ」を表明して故人の功績をたたえる一方、中国政府への言及は注意深く排除していた。
 「ノルウェーの中国との関係正常化が試されることになった」。中国研究家のチチャン・ルル氏は英ノッティンガム大にある中国政策研究所への寄稿論文でこう指摘。「実験は成功し、ノルウェーはコストいらずの経済制裁で簡単に影響を及ぼせる国だとわかった。この成功は将来の、より広い地域に対して中国の政策を強要する舞台を用意することになった」という。

  パンダで蜜月ぶり披露したメルケル首相
 注意深く見れば、主要国の態度も中国への配慮をにじませたものであった。
 ドイツで7月7~8日に開かれたG20首脳会合は闘病中だった劉氏についてほとんど取り上げず、メルケル独首相は訪独した習近平国家主席と動物園でパンダのお披露目に立ち合って蜜月ぶりを見せつけたが、首脳会談では劉氏について公式には取り上げなかった。
 のちにメルケル氏が習氏に、劉氏のドイツでの治療を認めるよう伝えていたことが明かされたが、中国の体面を傷つけないことに腐心していることが明白だ。
 領土や歴史で対立する日本政府も、劉氏の死に際し「高い関心を持って中国の人権状況を注視していきたい」(菅義偉官房長官)と述べるにとどまり、他の部分で譲歩を引き出すためにも中国指導部への刺激を避ける思いがにじんでいた。

  小国の悲哀
 スリランカサンデー・タイムズの記者は香港から、「人権擁護のリーダーたちは嘘の涙を流した」との記事を書き、小国ならではの観察眼を働かせた。ヨルダン出身のザイド・フセイン国連人権高等弁務官スリランカの人権侵害にはいつも厳しく批判するが、劉氏の病状が悪化する中で中国に対しては沈黙を通したという。しかし劉氏が亡くなると「劉氏を高く持ち上げつつ、中国共産党指導部を批判する表現は巧みに避けた」と皮肉った。
 香港紙サウス・チャイナ・モーニングポストは「富と力で中国は批判者を黙らせることができるようになった」とし、国際的な圧力が効いた時代は過ぎ去ったと評した。
 同紙は過去、天体物理学者で民主活動家の方励之氏が1989年の天安門事件後、北京の米国大使館に13カ月の保護の後に出国できたことや、魏京生氏が獄中18年の後にクリントン米大統領の求めで釈放され1997年に渡米したなどと指摘。これらに比べて「中国政府への外圧効果は消滅しつつある」とする研究者の声を紹介した。
 「今や中国政府は、西欧は表現の自由に対する取り締まりに対して効果的な抗議はできなくなったと、自信を深めているだろう」
 米ウィルソンセンター・キッシンジャー米中関係研究所のロバート・デイリー氏は同紙にこう述べた。

  歴史的な分水嶺
 西側メディアの中には、あきらめに近い吐露もみえる。豪有力紙オーストラリアンの中国特派員、ローワン・キャリック氏は「劉暁波氏の死があぶり出した西洋の中国に対する叩頭(こうとう)」と題するコラムで、将来の年代記録者は今回のできごとを「歴史的な分水嶺とみなすだろう」と述べた。叩頭とは跪(ひざまず)いて頭を地面につけ中国皇帝に拝謁する臣下の礼法を指す。
 同氏は「民主主義や普遍的な人権は、それを擁護する者やパラダイムとしての力を失いつつある」と指摘。習近平政権が掲げる現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」への競い合うような賛同や、空疎だが中国には心地よく響くG20の共同宣言などといったひとつひとつの動きが、「新しい世界の規範としての中国の圧政文化を、明瞭に示している」と論じた。