本当のところはどうなの?のブログ

本当のところはどうなの???

出来事は起こるべくして起きているのだ。

これまでも書いてきたとおり、出来事は起こるべくして起きている。
そのように操作されていると言っても過言ではなく、そのことにほとんどの人は気付かず「自分が考えて」行動していると思っている。
そのように思うこと自体も宇宙の法則上決まっていることであるが、我々が出来ることはそのことに気付くだけしかない。
それに気付いた孔子は「60にして耳順う」と言ったのだ。
つまり何かを「思うこと」ということは「思わされていること」であり、それに意識を向けている限り避けられないことなのだ。
だから瞑想ではそのような「思考」を止めることが必要になってくるのだ。
思考を止めれば「自由」になる。
予め決められた「考え」をしないようになる。
完全に自由になる瞬間だ。
 
これでやっと繋がった。
 
物理学で物質がどのように動くかを予見することが出来るのと同じように、思考の世界では「思考の法則」に従った考え方が起こっている。
そのように決まった考え方を持たない様にするには「考えること」を止めなければならない。
そうしなければ我々は常に出来事に対して決まった考え方をすることになり、その法則から抜け出せないばかりか、「自分が考えた」という思い込みをする原因となってしまう。
 
我々は「自分が考えた」と思うのは思い上がりのようなものであって、実際はそう「考えさせられている」のだ。
 
我々に出来ることは、そして自由になるためには、そのことに気付くことだけ。
それが悟りになるのだろう。