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国境なき医師団・看護師と新聞記者・望月衣塑子が語る「日本人と紛争地」

文春オンライン / 2018年9月18日 17時0分
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国境なき医師団」看護師の白川優子さん
 東京新聞の望月衣塑子氏といえば、菅義偉官房長官に舌鋒鋭く質問を投げかける姿が有名だ。しかし、それ以前から精力的に取り組んでいたのが、日本企業の武器輸出の実態調査だった。「国境なき医師団」看護師として、過去8年間にイラク、シリアなど紛争地に17回も派遣された白川優子氏は、そんな望月氏の姿勢にかねがね共感を抱いていたという。永田町と紛争地。異なる分野の最前線に立つトップランナーによる特別対談。
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白川 ようやく憧れの望月さんにお会いすることができました。官房長官の会見で一躍、「ときの人」になりましたけど以前から望月さんが日本企業と武器輸出の関係を報じていることを知っていました。望月さんの著書『 武器輸出と日本企業 』も読んでいます。
 武器を作る人がいる、売る人がいる、買う人がいる。だから、私が紛争地で日々接してきた血を流す人々がいる――。どうしても紛争地というと、日本人にとっては遠い話になりがちですが、「そうではないよ」ということを望月さんの著作からは感じます。知らず知らずのうちに、日本人も戦争と関わる可能性があるという危機意識を持って報道されている、とつねづね思っていました。
望月 ありがとうございます。以前から知っていただいていると聞いて恐縮ですが、私は、白川さんの著書『 紛争地の看護師 』を読んで、「国境なき医師団」の方がここまで戦争のど真ん中に入り込んでいるということを初めて知りました。「イスラム国」が支配していたシリアやイラク、そして内戦下の南スーダン。さらには、私が取材してきたような無人戦闘機、つまりは米軍のドローンが飛び交うようなイエメンでも活動されていますね。

米軍によるドローン攻撃被害の9割は民間人

白川 イエメンには、2012年から昨年まで計4回入っています。アルカイダなど武装組織が潜伏しているという山岳地帯がありまして、ドローン攻撃が行われていました。もちろん、ターゲットは武装組織です。でも病院に運ばれてくる多くは、一般市民でしたね。
望月 アメリカのあるメディアの調査によれば、ドローン攻撃の被害の9割が民間人で、目的とするテロリストは1割に過ぎなかったそうです。アメリカの軍法では、戦場で民間人が巻き添えになっても、テロリストを狙った“誤爆”であれば、裁かれることはありません。だから悲劇は繰り返される。白川さんは、その実態を自らの眼を通して書いてらっしゃる。

日本の病院なら確実に助かっていた7歳の女の子

白川 今でも忘れられない7歳の女の子がいます。無人戦闘機の攻撃に遭い、お腹が傷ついて緊急手術をした。腸にも穴があいていましたが、手術自体は上手くいったんです。でも、血液が手に入らず、出血多量で亡くなってしまいました。日本の病院なら確実に助かっていた命です。
 私たちは本当にショックでした。特に外科医の先生が引きずっていました。手術は1時間ぐらいかかったんですけど、麻酔科医が「手術時間がもっと短ければ助かったのではないか」と外科医を少しなじったんですね。子供の体力を考え、30分ぐらいでいったん手術を終え、その続きは体力が戻った3日後にやるべきだった、と。
望月 限られた医療資源のなか、究極の選択をしなくてはならないんですね。それが命を左右する。でも、それぞれ状況は違うし、正解のない現場でしょうね。
白川 そうなんです。なじりあう先生たちの姿をみて、周囲の看護師たち含め、皆が悔しさで涙しました。彼らが悪いわけではない。では、誰が悪いのだろうか。考えても答えは出ませんが、紛争地の体験を重ねるうちに、個人を憎むのではなく、戦争に至る背景のようなものに意識が向かうようになりました。
 

ドバイの武器市に展示された日本の輸送機

望月 私は、知らず知らずのうちに戦争に加担していることに気付かないことが、一番恐ろしいと思って、日々取材でも意識するようにしています。イエメンといえば、つい先日、子供たちが乗ったスクールバスが空爆されて、数十人の子供たちが亡くなりました。サウジアラビア率いる連合軍の誤爆だったと、世界中で非難されています。これだけ聞くと、遠い世界の話のように思います。でもちがう。
 昨年末、ドバイの武器見本市に、日本の防衛装備庁と川崎重工が開発した輸送機が展示されたんですね。それを見に来ていたのが、まさに連合軍の幹部たちでした。日本の輸送機について「我が連合軍でも使用を検討したい」と語っていたと報じられています。今後、日本が間接的であっても、そこに関わるとしたら恐ろしいことだと思っています。
白川 私が派遣されるような紛争地にも、当事国以外の国で作られた武器が入ってきているでしょうし、それによって一般市民の血が流れているかもしれない。現場にいると、本当に目の前の患者しか見られないけど、望月さんの話を聞いていると気付かされることが多いですね。

ガザではデモに参加した市民が砲撃される

望月 つい先日、川崎市で、イスラエルの軍事見本市が開かれていました。2020年の五輪を意識した、サイバーセキュリティ技術の展示がメインです。だけど、そこに出品しているのは、イスラエルでは有名な軍事企業ばかりで、普段はパレスチナの人々を攻撃する武器を開発する企業です。そうした企業が日本で技術を売ろうとしています。国外で開く見本市はロシアに次いで二例目で、安倍政権以降の日本とイスラエルの接近を感じさせる出来事でした。
白川 私はパレスチナガザ地区に派遣されたことがあります。「天井のない監獄」と呼ばれるガザでは、数年に一度、イスラエルから激しい爆撃を浴びせられます。2014年の空爆では、50日間で5000人超の方が亡くなりました。その直後、やはりイスラエルで武器の見本市が開かれていて、「私たちの武器は実戦でもこんなに効果がある」といったことを宣伝していたと聞いて、怒りを通りこして、悲しくなりました。
望月 トランプ政権が米大使館をエルサレム移転させ、パレスチナでは盛んにデモ活動が行われています。デモに参加する市民をイスラエルが砲撃したことで、同地の混迷はより深くなっていますね。今年3月から5月までで1万3000人以上が負傷、128人の方が亡くなりました。

「私の同僚が4、5日前に撃たれて亡くなった」

白川 ……どうしても話したいことがあります。この写真を見てください。暗闇で男性看護師が2人で赤ちゃんの処置をしています。なぜ暗いかといえば、イスラエルによって電気の使用を制限されているから。2015年12月~2016年4月に活動していた時の写真です。
 2人のうち後ろに写っている方の男性看護師がつい4、5日前に亡くなったという知らせを受けたんです。自分の部下でしたので、絶句してしまいました。
望月 えっ、撃たれたんですか?
白川 はい、イスラエル側が流したネットニュースに死体が写っていました。ガザの情報は断片的にしか入っていませんので、正確なところはわかりません。ただし、私がいた時よりも状況がひどくなってきているように思います。

「あえて殺さず」片足だけを撃つイスラエル

望月 本当に悲しいニュースです。白川さんの本には、イスラエル軍に撃たれる若者の姿も描かれていましたね。
白川 はい、デモ活動をする若者たちに対して、イスラエル側は警告の意味を込めて片足だけを撃つ。だから、私たちの病院には、松葉杖の若者が多かったんです。誤解を恐れずにいえば、「あえて殺さない」というイスラエル側の姿勢ですよね。
望月 しかし、いまは容赦なく撃つ。その変化の背景には、国際社会の様々な思惑や、各国のパワーバランスが関わっているのでしょう。いずれも、市民には関係のない話です。こうした事実に接していると、「イスラエル憎し」になりかねませんが、白川さんの本では、意外なことが書かれている。

「ブルドーザーで右から左によけられる死体」

白川 イスラエルを訪れた時の話ですね。「国境なき医師団」を代表して、中立の立場で活動するんだけど、そこは人間なのでイスラエルに対してネガティブな思いが強くなった時期があったんです。
 でも、パレスチナ側で活動していた際、休暇中に思い切って壁を越え、イスラエルに入ってみた。ホロコーストミュージアムに行きました。ユダヤ人の迫害の歴史を知っていたつもりだけど、あそこまで生々しい実録映像をみるのは、ショックでした。大量に積まれた死体を、ブルドーザーで右から左によける。死体がごろごろしていて、みんな痩せこけていた。そういった写真が何万点もあった。ユダヤ人の迫害の歴史に触れ、彼らが土地に執着する理由が分かった。
 ただし――。だからといってガザ空爆を正当化できません。これだけの痛みを体験し、その悲劇を語りついできた民族がなぜ現代になって、迫害する側に立つのか。とにかく混乱してしまいました。このケースに限らず、現場では感じる感情の多くは、整理できるものではない。それだけこの世界は複雑で、様々な軋轢もあります。
 一つ言えるのは被害に遭うのはいつも市民ということ。私は彼らに寄り添って仕事をしたいと思っています。たとえ医療態勢が十分でなくとも、傷ついた彼らの手を握るだけでも、救えるものはあると思っています。
望月 その言葉を聞いて、なんだか納得できました。白川さんが本格的に英語を学びだしたのは20代後半で、「国境なき医師団」に入ったのは30代も半ばを過ぎてから。回り道にみえるけど、一般常識などお構いなしで白川さんはただただ前に進んでいく。何が白川さんを突き動かしているのかと思っていましたが、今その信念のようなものに触れることができた気がします。失礼な言い方だけど、頭ではなく、気持ちで動く人だろうな、と本を読んで思っていたんですよ。
白川 それを言ったら、望月さんだってそうでしょう。官邸取材だって、もっとスマートな方法はあるのに、正面突破しようとして睨まれている。そのあたりは損得ではなく、真実を明らかにしたいという、望月さんの気持ちなんじゃないですか。
望月 結局、私はたいして文才もないですし、新聞記者としてはどの程度の実力があるのかなとよく思うこともあるんです。それでも、なぜここまで続けてこられたかといえば、結局、「思いの強さ」ですよね。横道にそれたり、リスクを背負うことはあっても、それでも進み続けようという思いは常に持っています。
白川 私もそう。今後も取材活動、頑張ってください。
望月 白川さんもお身体にはくれぐれも気をつけてください。またどこかでお会いしましょう。
写真=志水隆/文藝春秋
望月衣塑子(もちづき・いそこ)/1975年、東京都出身。慶應義塾大学法学部卒。東京新聞記者。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。著書に『武器輸出と日本企業』、自らの四半世紀を綴った『新聞記者』など。
 
白川優子(しらかわ・ゆうこ)/1973年、埼玉県出身。坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校卒。Australian Catholic University(看護科)卒。日本とオーストラリアで看護師の経験を積み、2010年に「国境なき医師団」に初参加。シリア、イエメン、イラク南スーダンなど、これまで17回の派遣に応じてきた。著書に『紛争地の看護師』。
(望月 衣塑子,白川 優子)