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本当のところはどうなの???

「陸上イージス」の説明は誇大広告とまやかしの連発だ

2018/09/13 06:00
イメージ 1© 画像提供元 写真:ユニフォトプレス
 防衛省は8月31日、2018年度予算の概算要求を発表した。過去最大の5兆2986億円で、今年度当初予算に比べ「2.1%増」と報じられている。
 だが実はこの概算要求には、沖縄の米軍のグアム等への移転など、米軍再編経費(推定約2200億円)が「事項要求」とだけ書かれ、金額は計上されていない。年末の予算編成で金額を入れることになる。
 今年度当初予算は5兆1911億円にはそれが当然含まれているから、それと今回の概算要求を比べて伸び率を2.1%と言うのは非合理だ。今年度予算からも米軍再編関連経費を除いて比較すると7.2%という驚異的な伸び率になる。2015年度から今年度までの毎年度の伸び率はずっと0.8%だった。

米国製兵器輸入が5倍増日本の防衛産業は窮地に

 特に米国の「有償軍事援助」(FMS)による新規契約が今年度より約70%増え、6917億円にもなることには愕然とせざるをえない。
 2012年度は1372億円だったから、安倍政権の7年間で5倍になる。
 前回の本コラム(8月9日付)「イージス・アショアが吹っかけられた『高い買い物』に終わる理由」でも書いたが、FMSは防衛省が米国防総省の「国防安全保障協力局」を通じて装備や部品などを発注する。
 来年度予算の概算要求での装備購入費、艦艇建造、航空機購入費は合計約1兆2379億円だから、その56%程が米国に召し上げられると考えられる。
 米国側は懸命に売り込みを策す一方、旧来の「援助してやる」姿勢は変わらず、代金は前払い。価格や納期などは米側の見積もりだから、米国は拘束されず後に高騰したり、部品の納入が何年も遅れるなど問題が続発してきた。
 日本の防衛産業は各企業の事業のごく一部であることが多く、将来性が乏しいと見切って手を引く企業も続出している。日本による米国製装備の直接輸入が増大することは米国にとって一石二鳥だ。日本への武器輸出が拡大するだけでなく、日本は安全保障での米国依存をますます強め、他の面でも一層米国の意向に従わざるをえなくなるからだ。これが「同盟強化」の現実なのだ。

来年度の目玉陸上イージス防衛力の「抜本的向上」はウソ

 今回、来年度の概算要求を押し上げた最大の費目は秋田、山口に配備する陸上イージス本体2基の2352億円だ。
 これは初年度分で、将来の交換部品購入などの維持費、要員の米国による教育・訓練費などを含む総額は4664億円と発表されている。これには迎撃用ミサイル(1発約40億円)は含まれない。
 1基当たりの定数は24発だから2基に48発だと1900億円以上になる。さらに一部の用地取得や整地・宿舎などの建設、周辺対策も入れれば、総経費は約7000億円に達しそうだ。
 日本のミサイル防衛の最大の弱点はミサイル迎撃用のミサイルの弾数が極度に少ないことだ。
 イージス艦の垂直発射機には90発(新型艦は96発)の各種ミサイルを入れられる。対潜水艦ミサイル、対空ミサイルを16発ずつ入れても、50発余のミサイル迎撃用ミサイルを搭載できる。だが実は8発しか積んでいない。
 旧型のミサイルでも1発16億円だから多くは買えないのだ。相手が核付きと通常弾頭付きの弾道ミサイルをまぜて発射すれば、最初の8目標にしか対処できない。
 地点防衛用の「PAC3」(射程20km、新型は30km)も同様だ。自走発射機には16発を積めるが4発しか弾道ミサイル迎撃用のミサイルを入れておらず、不発、故障に備えて1目標に2発ずつ発射するから、1両で2目標にしか対処できない。ミサイル防衛は形ばかり、気休めでしかない。
 ミザイル防衛に関わってきた自衛隊の幹部たちに「陸上イージスに巨費を投じるよりは、弾数を増す方がまだしも合理的では」と私が言うと、ほぼ例外なく「おっしゃる通り」との反応がある。
 だが、安倍政権は日本に輸入拡大を迫るトランプ政権の意向を呑み、2013年12月に決めた「防衛計画の大綱」(約10年を見通す)にも「中期防衛力整備計画」(5年間)にも入っていなかった陸上イージス配備を昨年12月に決めた。
 本来自衛隊が全く望んでいなかった巨額の装備を、突然「政治主導」で押しつけるのだから、その必要性を説くには詭弁を弄さざるをえない。
 8月に出た今年版の「防衛白書」の326ページの「解説」では、陸上イージス導入で「我が国を24時間・365日、切れ目なく守るための能力を抜本的に向上できる」と書いている。
 323ページでは「北朝鮮はわが国のほぼ全域を射程に収めるノドン・ミサイルを数百発配備している」と脅威を強調している。
 だが、仮に陸上イージスが将来、定数の24発の迎撃ミサイルを保有しても、北朝鮮が持つ弾道ミサイル数百発に対しては焼石に水だ。防衛能力の「抜本的向上」になるはずがない。明らかな誇大広告だ。

イージス艦は近く8隻に陸上イージスは「不要」だ

 また白書の「解説」は「現在のイージス艦では整備・補給で港に入るため隙間の期間が生じる。乗組員の勤務環境は極めて厳しい」として陸上イージス導入の必要を説いている。
 たしかに現在、保有するイージス艦6隻のうち、ミサイル防衛用の迎撃ミサイルを搭載するのは4隻。艦艇の4分の1は定期整備にドック入りしているから、出動可能3隻のうち常に2隻を弾頭ミサイルの警戒配置に付け続けるのは無理があった。
 だからこそ「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」ではイージス艦を8隻にすることを決めたのだ。
 「あたご」「あしがら」の2隻は新型の迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」を運用するように改装され、7隻目のイージス艦「まや」は今年7月30日進水、2020年に就役予定だ。その2番艦は2021年に就役し、8隻態勢が完成する。
 一方、陸上イージスの納期は当初の米側の話よりすでに2年遅れ「契約後6年」だから配備は2025年以降になる。
 8隻態勢になれば出動可能の6隻のうち4隻は2交代でミサイル警戒配置に付き、日本列島全域を守れる。他の2隻はイージス艦の本来の任務である艦隊防空に向けられる、というのが海上幕僚監部防衛省の元来の考えで、陸上イージスは不要だった。
 防衛白書の解説ではイージス艦が近く8隻になりつつあることに言及せず「現在では苦しいから陸上イージスが必要」と主張するのは、いかにも作為的で、防衛省の信用を失墜させる。
 一般の人々の防衛に関する知識の不足に乗じたこうしたまやかし説明が、陸上イージス配備予定地の地方自治体への回答書にも記載されている。これは公文書を尊重しない風潮の拡がりを示している。

なぜ秋田と山口に配備なのかハワイ、グアム防衛に理想的

「なぜ秋田と山口に配備するのか」は、陸上イージス導入に関する最大の疑問といえよう。
 北朝鮮弾道ミサイルは主としてその北部山岳地帯のトンネルに隠されているとみられ、首都圏に向けて発射されれば能登半島上空を経由する。近畿地方に向かえば隠岐島付近を通る。
 弾道ミサイルに対しては、その真正面から迎撃するのが理想的だ。目標の角度が変わらないから命中率が高く、こちらに接近して来るから迎撃ミサイルのロケットの推力を無駄にせず、高い高度で撃破できるとされる。
 従って、陸上イージスを導入するにしても、日本の防衛が目的なら能登半島隠岐島に配備するのが合理的だ。
 東京へ向かう弾道ミサイルを例えば秋田から迎撃することもできなくはない。レーダーが捉えた軌道から目標の未来位置を計算し、そこに迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」(射程2500km、射高1000km以上)を向かわせる。だが、斜め方向に秒速5キロ前後(射程により異なる)で飛ぶ物体に側面から当てる形になるから、正面から当てるよりは難しい、命中率が低いのは当然だ。
 新型の迎撃ミサイルの射高は1000km超だから、ハワイ、グアムへ向かう北朝鮮弾道ミサイルが加速を終え、惰力で放物線を描いて上昇中のところを迎撃することが可能だ。そのために米国にとっては真正面から迎撃できる秋田と山口は理想的な配備地点だ。
 防衛省の担当幹部に「なぜ秋田、山口に固執するのか。能登半島隠岐島の方が日本防衛に有効ではないか」と問い詰めると、結局は「種々の条件を勘案して、その2ヵ所が最適と判断した」と言うだけで、具体的には答えず、押し問答になる。
 防衛省は陸上イージス導入について「誠心誠意、1つ1つ丁寧に説明する」と標榜しているが、「そこがハワイ、グアムへの軌道の下だから」と正直に答えるわけにはいかないのだろう。

懸念される電波被害や落下事故

 陸上イージスは秋田市陸上自衛隊新屋(あらや)演習場と山口県萩市の同むつみ演習場に配備する計画だ。
 だが新屋演習場は秋田市の中心から西へ3km、海岸に近いが秋田商業高校とは背中合わせで、演習場の東、北、南は住宅地や公共施設に囲まれている。
 迎撃ミサイルは一般的には西の海上方向に発射されるだろうが、1発目が当たらない場合、市街地がある東方の「未来位置」に向け2発目を発射することになるから、ロケットの噴射やブースター(ロケットの第1段)の落下による被害も考えられる。
 その南東約12kmの秋田空港の滑走路は東西方向で、離着陸時には日本海上を飛ぶことも多いからレーダーとの電波干渉も起きそうだ。
 山口県萩市のむつみ演習場は日本海岸から約10km南の丘陵地帯で、その北約1kmには同県阿武町に属する集落がある。
 ミサイル防衛用レーダーは、通常は水平線上に現れる弾道ミサイルを探知するため、ほぼ水平方向に強い電波を出し続けるから、電波による健康への影響が案じられる。
 防衛省は地元住民に「Sバンド(波長7.5ないし15cmのマイクロ波)は無線LANも使っていて危険はない」と説明した。だがSバンドは電子レンジにも使われ、人体にも浸透して熱を出す。
 無線LANの出力は10ミリワット(1ワットの100分の1)だが、探知距離500kmのイージス艦のレーダーの最大出力は400万ワットで4億倍だ。800ワットの電子レンジの5000倍に当たる。陸上イージスのレーダーの探知距離は1000km以上だから、さらに強い電波を出す。
 これを「無線LANと同じ」と言って住民を安心させるのは「ワニとトカゲは同じ爬虫類。危険はない」と説くようなものだ。
 自衛隊には「レーダー電波を浴びると男性の生殖機能に障害が生じ、女の子しか生まれない」との言い伝えがあり、イージス艦は入港前にレーダーをオフにし、港内や市街地への影響を防いでいる。阿武町は設置に反対を表明しているが、その心配はもっともだ。

人件費節約にもならない他国では米国が全額を負担

 秋田、山口では「陸上イージスが攻撃の対象にならないか」との懸念も出ている。
 湾岸戦争イラク侵攻など近年の戦争では、最初にレーダーサイトや対空ミサイル陣地を叩くのが定石となっているのは事実だ。
 だが北朝鮮には日本を攻撃する航空戦力はないし、北朝鮮弾道ミサイルの誤差(弾の半数が落ちる半径)は少なくとも1kmはあるから、通常弾頭なら200発も撃ち込まないと確実に目標を破壊できない。数少ない核弾頭をその種の目標に対して使うことも考えにくい。
 ただ特殊部隊が潜入し、破壊を目指すことはありえよう。レーダーの平面アンテナ(イージス艦用で4350素子)を銃撃するだけで機能は喪失する。特殊部隊の1チーム(米陸軍なら12人)をレーダーから500m以内(小銃の射程)に入れないため、警備兵50人を4交代で配置するとして、200人は必要だろう。
 イージス艦の乗組員300人のうち艦を動かす要員が約200人だから、「イージスシステムを陸上に置けば人件費が節約できる」との説も以前聞いたが、その分、警備兵が必要だから結局は帳消しになる。
 イージス艦は相手の海岸から200kmほどの海上を巡航していれば、高い山頂のレーダーでも水平線の下になるから位置が分からず、巡航ミサイルで攻撃されることはない。
 米国はルーマニアに陸上イージスを配備、ポーランドにも建設中で、韓国に「サード」を置いたが、その経費は全額米国が負担し、運用も米軍人が行っている。
 イージス艦が8隻になれば、陸上イージスは日本防衛に不可欠ではなく、むしろハワイ、グアムの防衛に大きな効果があるから、少なくとも半額は米国が出すように求めるべきだろう。
 だがひたすら「アメリカ第一」のトランプ氏に取り入ろうと努める日本政府にはそんな「畏れ多い」ことを言う度胸はなく、自国民をたぶらかしても、日本を米国の盾にしようとしているようだ
(軍事ジャーナリスト 田岡俊次