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本当のところはどうなの???

中国人エリートが"日本の介護"を羨むワケ

近藤 大介
2018/07/21 11:15
イメージ 1© PRESIDENT Online 近藤大介氏
14億人を抱える大国・中国。日本は経済や外交で圧倒されつつあるが、その勢いは続きそうにない。30年後には5億人が60歳以上の「老人超大国」となるからだ。『中国未来の年表』(講談社現代新書)を出したジャーナリストの近藤大介氏は、いま中国のエリートたちは日本の「介護業界」に目を付けているという。彼らはなにを企んでいるのか――。

中国でも「少子高齢化」がはじまっている

――『中国未来の年表』は、東アジア情勢を長年取材する、近藤さんの25冊目の著書です。今作を人口問題を切り口に書かれたのはなぜですか?
河合雅司さんの『未来の年表』を生んだ講談社現代新書の編集部から、中国について「人口動態」を切り口に書かないかと持ちかけられたのがきっかけです。中国政府が発表する統計上の数字は、経済、貿易関係など、素直には信じがたい数字も、時にあります。ただ、こと人口については、比較的まだ正しいことを言っているように見えますから。
2017年、14億近い人口を誇る中国でも、人口減少が始まりました。理由のひとつは1979年から始められた一人っ子政策です。当時、中国の「2代目皇帝」こと鄧小平は、人口激増を憂慮して人口抑制策を推進したわけで、それはある意味で成果を出した。国民が子供を1人しか産まなかったら、人口が増えるわけがありません。
――しかし、「一人っ子政策」はマイナスが大きかった。
結果的に、そう言わざるをえないでしょう。この政策で起こった弊害の1つが、利権化です。一人っ子政策を推進する役所が次々と生まれ、公的制度も整えられた。「一人っ子政策」にかかわる公務員だけで10万人以上いて、「一人っ子政策利権」という言葉も日常的に使われています。

「子供が1人が当たり前」というマインドが根付いた

そして、人口は抑制できたとはいえ、老人が多く若者が少ないという人口ピラミッドになってしまい、将来の社会保障費の圧迫や労働人口の減少が課題になってきました。事態を重く見た「新皇帝」習近平が2013年に方針を転換、一人っ子政策を改めて「二人っ子政策」がはじまりましたが、やはりおそすぎた。そう簡単に庶民のマインドが変わるわけがありません。2010年の時点で中国の一人っ子の数は1億4000万人で、日本の人口より多いという現実があったくらいですから。中国は都市のインフレがひどく、子育てコストが高い。一方で、地方では公共サービスが行き届いていません。急速な経済成長をしているとはいえ、まだまだ中国の国民は今日の生活で精一杯という人が多いわけで、経済的な理由から子供を作りたがらない。結果、子供を2人も産むような人は多くないんですね。
――子育てコストが高くて子供が産めないという問題は、日本と似ていますね。
はい、そうです。しかも、中国のいまの子育て世代は一人っ子政策後に生まれた「八○世代」。彼らは、「四二一家庭」と呼ばれる、祖父母4人、父母2人、子供1人の環境で男の子は「小皇帝」、女の子は「小公主」と散々甘やかされて育った。
周りを見渡しても、「子供は一人が当たり前」という環境で育ったわけです。さらに、手厚く育てられたゆえに、個人の生活の充実を重視している人が多く、「夫婦2人の時間を楽しみたい」というDINKSも増加しています。
私は今年の正月に北京で、2人目の子供が生まれたばかりの友人家族にお祝いの食事をごちそうしたのですが、お店の若いウエートレスがにこにこした顔で赤ちゃんをあやしながら、こういったのです。
「私があやしていますから、どうぞ食事を楽しんでください。なにせ私は今日生まれて初めて『2人目の子供』なるものを目にしたので、うれしくて仕方がないんです」
そういえば、私にとっても、2人目の子供を産んだ中国人の知りあいはその友人が初めてでした。「政府は『三人っ子政策』を進めたがっているが、若者は誰も3人目なんて作らないよ」と彼は言っていました。

結婚適齢期の男性が3000万人余る

――人口のお話でいうと、本書にある「2020年の中国では、3000万人の男余りが起こる」という指摘は興味深いです。
中国の新生児の男女比は、女性を100とすると男性が118と、不自然に男性が多い。これは2010年の数字ですが、過去に男性が120を超えた年が3回もあります。WHO(世界保健機関)は女性100人に対して男性102~107人を正常としていることを考えればまさに「異常」。実際に、WHOは中国に是正勧告をしています。
この男女の生まれてくる数の違いによって、適齢期の男性が、女性よりも3000万人も多くなってしまうという事態が生まれるわけです。中国語では剰(あま)った男、「剰男(シェンナン)」と呼ばれ社会問題になっています。近年では、女性の社会進出も進み、男性は経済格差が激しいですから、女性のほうが眼鏡にかなう男性を選べる状態になっている。「持ち家もマイカーもないなんて考えられない」という、選り好みができるわけですね。そうすると、金のない、モテない男は「結婚難民」になってしまう。
そこで考えられるのが、中国人男性と他国籍の女性との結婚の増加。もう1つが、同性愛カップルの増加です。もちろん男が余れば同性愛が増えるというわけではありませんが、男性同士でカップルを公言する人は、中国でも増えています。
そして、2017年頃から中国で流行語になっているのが「空巣青年(コンチャオチンニエン)」です。
――日本では聞き慣れない言葉ですね。
日本でも見覚えがある光景だと思いますよ。空巣青年とは、北京や上海などの都会で一人暮らしをし、休日にも誰ともかかわらないで自宅でスマホをポチポチといじっている男たちのこと。一人っ子で生活にも余裕があり、ネットやメディアを使いこなしていて流行や趣味には敏感だけど他人と積極的に関わることはしない。そんな彼らにスマホゲームはぴったりの娯楽です。
今後、中国のソシャゲの市場はどんどん拡大すると見込まれているんです。このような青年たちの消費を指す「孤独経済」は大注目のビジネスになっています。

中国は「ブルーカラー不足」

――本書では、中国の「労働力不足」が深刻化していくと書かれています。だからこそ、国を挙げて「中国製造2025」を打ち出し、AIやロボットを活用して、労働力の減少を補おうとしている、と。中国ほどの人口があっても労働力不足とは、意外ですね。
2015年に李克強首相が、10年後の2025年に達成すべきとして打ち出したスローガンが「中国製造2025」です。工業化、情報化を推し進め、AIやIoTといった技術を世界に先駆けて活用していき、イノベーション大国を目指す。李首相は400億元(約6800億円)の投資基金を立ち上げたのを皮切りに、次々と政策を打ち出しました。
日本人であれば痛感していることですが、少子高齢化は、生産年齢人口が減ることを意味します。さらに言えば、中国の一人っ子政策で育ち、経済的にも恵まれてきた世代は、ブルーカラーの仕事を好みません。製造業における「用工荒(ヨンゴンホァン)」つまり人手不足はすでに大問題になっています。
中国では「白領(バイリン)」、直訳すると白ネクタイですが、都会の大学を出たホワイトカラーよりも、田舎から出てきた「農民工」と呼ばれるブルーカラーのほうが就職市場では人気で、初任給も高いという傾向が現れています。ブルーカラーのほうが、ホワイトカラーよりも貴重な人材になっているわけです。

中国でAIが注目される理由

では、どうやって不足するブルーカラーの労働力をカバーするかと言えば、東南アジアなどの途上国に工場を作るのはもちろん、コストを考えれば移民を受け入れることも求められます。ただ、中国は人口そのものはとても多いわけで、移民受け入れには抵抗が強いという側面がある。
そこで、AIが注目されているわけです。工場をオートメーション化すれば、必然的にブルーカラーの必要性は減る。歴史上、産業革命は労働者の仕事を減らしてきました。中国としては、AIやIoTによるいわば「第四次産業革命」をお越し、その分野で世界をリードしたい。つまりは、アメリカを抜いて世界一の超大国を目指すということです。
中国の最大の問題は「自由がないこと」。ですが、ただ、こと経済においては自由競争の社会です。成長させたい分野にはカネを惜しまない。深センではそうして最先端のスタートアップ起業家たちによる、激烈な競争がおこり、そのダイナミズムが中国経済をけん引しています。いわば「IT社会主義」は、中国のみならず世界の趨勢を左右すると言えます。

中国のエリート、日本の老人ホームに衝撃を受ける

――2017年から始まる本書の年表は、中国共産党建国100年となる、2049年で終わります。30年後の中国は、60歳以上の人口が5億人に迫る老人超大国になるという事実は衝撃的ですね。たとえめでたく覇権国家になれたとしても、国民がヨボヨボでは……。
いま、中国が日本の産業で注目しているのが、老人介護の分野です。今年の4月に来日した中国の高級官僚と話したときには、興奮気味にこう話していました。
「日本の老人ホームはすごい。最新式の自動車椅子で館内を移動でき、ベッドや浴槽に入ろうとすれば、ロボットアームで体を持ち上げてくれる。食堂ではかまなくても食べられるカツカレーが出てきた!」
実は、中国人のエリートに「日本すごい!」と言われたのは久々で、こっちが驚いてしまいました。この来日で、彼らがアポイントを取っていたのは老人ホームに介護士の養成施設、年金や介護保険の専門家。少子高齢化が進む中国からしてみれば、先にその課題にぶち当たっている、日本の老人向け産業は、まさに宝の山に見えるんです。

「カネがすべて」の国民性

もっといえば、中国は伝統的に弱肉強食の社会で、勝ち組ばかりがもてはやされて、弱者に向けたビジネスが発展しづらい。これは中国のダイナミズムにもなっているのですが、道徳や宗教よりも、「カネがすべて」の国民性ですから、弱い立場の人は切り捨てられてきました。だから、老人介護や、保育のビジネスが進んでいない。
しかし、30年後に60歳以上の人口が5億人を超えるとなれば、国家としては国民を支えることは大問題だし、そこを相手にしたビジネスをせざるを得ない。ただ、繰り返しますが、弱者向けのビジネスというマインドは中国人にはない。
中国は、同じ轍を踏まないようにと、日本の「失敗」をよく学んでいます。その1つはバブル崩壊、そしてもう1つが少子高齢化です。バブルについてはよく勉強していますが、少子高齢化についてはまだ「勉強不足」。考え方を転換しないといけないので、まだまだという印象ですね。

日本人の「サービス精神」に驚く

――学ぶべき課題先進国だからこそ注目されていて、その分野、サービスについては「日本すごい」と思われている。
そうです。昨今の経済成長で自信満々の中国人ですが、日本の上位5%の最先端技術と、サービス精神は手放しで称賛します。例えばダイキンの空気清浄機。最後の最後の細やかな最先端技術は中国ではなかなか実現できず、一目置かれているからこそ、売れている。ただ、たいていの製品は残り95%の性能があれば十分なので、大きな問題はないとも思っています。日本人は繊細で趣味的だな、という印象を持っているんです。
一方で、日本人の「サービス精神」や、弱者をいたわる気持ちについては、中国人は純粋に「自分たちに足りないものだ」と思っています。爆買いで来日した中国人は、「日本のお店に行くとバイトの店員からも、しっかりとしたサービスを受けられる」「日本は静かで安全だ」とびっくりするんです。そしてその極致が、老人介護サービスでしょう。

日本人の「優しさ」がビジネスを生む

――そのあたりに、中国ビジネスのチャンスがありそうですね。
中国は厄介な隣国ですが、日本はうまく「活用」していかなければいけません。だから、日本のビジネスパーソンは、サービス業で働く人たちの優秀さをきちんと評価して、しっかりと対価を払うことが必要ではないでしょうか。そうして社会を分厚くすることで、国の価値を高めていく。
グローバルに広がっていく最先端の技術と違い、介護福祉の分野は言葉の問題がありますから、老人介護サービスや労働力を日本から輸出したり、中国人が日本の施設に来たりすることはまだ難しい。ですが、将来的には自動翻訳の発達で問題は解決するかもしれません。
例えば、老人向けの施設や食事のサービスを突き詰めて、その枠組みや権利を中国にも輸出する。最先端のAIやロボットの技術を活かした介護サービスを生み出す。そのような「弱者をいたわる」発想は現状の中国人にはありませんから、「30年後の5億人市場」に対する絶好のビジネスチャンスかもしれません。優しさは日本人の強みですよ。
(取材・文/林でのほ)近藤大介(こんどう・だいすけ)
ジャーナリスト。1965年生まれ。埼玉県出身。東京大学卒業。国際情報学修士講談社入社後、中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材をライフワークとする。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、『週刊現代』編集次長。Webメディア『現代ビジネス』コラムニスト。『現代ビジネス』に連載中の「北京のランダム・ウォーカー」は、日本で最も読まれる中国関連ニュースとして知られる。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任。