「人手不足だ!」という経済界の悲鳴に応えるべく、自民党政権は、これまでも日本の労働者の賃金を国際的に見て低い水準に抑える政策を一貫して採ってきた。
どういうことか説明しよう。
先進国になると、労働条件を向上させる方向に舵を切らなければならなくなる。その根底には、生産年齢人口の減少で労働者の立場が強くなるということもあるし、経済的に豊かになって、社会全体に余裕が生まれ、より人間的な生活を保障すべきだという国民の声が高まるのに対して、政治家や企業経営者が対応せざるを得ないということもある。
賃金を上げ、休暇を増やし、労働時間も短くすることにより、全体としての労働条件は向上してくる。しかし、それは、企業にとっては、負担増である。その負担を生産性の向上によって吸収できれば良いのだが、そうした活力を失った産業・企業では、徐々に対応力を失い、労働条件向上の流れを何とか止めたいという欲求が高まる。大企業はもちろんだが、むしろ、企業体力の弱い中小企業では、より早い段階からこうした声が出てくる。
こうした国内の構造的要因に加え、80年代には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた日本企業が、90年代以降、急速に国際競争で優位性を失うという状況が生じた。本来は、ここで、日本の大企業は、労働条件を引き上げても競争できるビジネスモデルへの転換を図らなければならなかったのだが、そうはしなかった。イギリス、ドイツ、オランダなどでは、その転換に20年以上を費やしたが、日本は最初からそれを諦めた。そして、労働コスト引き下げで競争力を維持するという、より安易な方向に逃げようとしたのである。
95年に日本経営者団体連盟(日経連。主に労働問題を扱う大企業経営者団体の集まり。後に経団連に統合された)が出した、有名な「新時代の『日本的経営』」というレポートはこの動きを象徴するものだ。このレポートでは、正社員(正規雇用)中心の雇用から、残業代ゼロ法案でも問題とされた高度専門職的な雇用とパート・派遣などの切り捨て用雇用を併用した新たな雇用戦略を取るべきだと提唱していた。今から20年以上前に大企業の経営者たちが描いた設計図通りに日本の雇用が動いてきたということになる。
■財界への忖度で自民党政権による派遣解禁・拡大
もちろん、日本には企業経営者の団体だけでなく、労働組合というプレイヤーもいるのだが、その声を反映した政策を掲げる政党は、万年野党で、ほとんど政権に就くことはない。一方、一貫して与党であった自民党は、企業献金と企業の選挙応援によって選挙を戦う政党なので、基本的に企業の既得権と一体となった政策を採り続けてきた。
日本では使用者が、自分が雇っている人を他人に供給することは、不当な中間搾取を招くとして職業安定法で禁じてきた。しかし、まず86年には、労働者派遣法が施行され、派遣は原則禁止としながらも、13業務については例外的に派遣を認めることになった。次に、99年の派遣法改正では、これまで専門的な仕事に限定されていた派遣対象業務が、製造業を除き、原則自由化された。さらに、04年の改正では、製造業への派遣も解禁され、港湾運送、建設、警備などを除くほとんどの職種で派遣労働を導入することが認められた。派遣労働は例外だったのが、ほとんど自由になったのだ。大きな方向転換である。 こうして、派遣が一気に拡大する結果となった。
■賃金切り下げ支援第2弾は円安政策
もちろん、こうした政策支援は企業にとっては、福音だった。しかし、製造業の企業は、ほとんどが、アジア諸国の追い上げに遭い、それに対して、有効な手を打てないままどんどん競争力を失って行った。基本的に経営者の能力が著しく欠如しているというのが、日本の産業の最大の問題なのである。
こうした事態に直面した企業をさらに苦しめたのが、円高だ。民主党政権時代の11年には、1ドル80円未満という超円高が、新たなビジネスモデルの構築を怠っていた日本企業を襲った。12年末に政権に就いた安倍政権は、企業の声に応え、アベノミクスの第一の矢として異次元の金融緩和を掲げた。お金をじゃぶじゃぶにして金利を下げるというのが目的だが、その本当の目的は円安だった。円は、一気に120円まで下がった。
これは、輸出企業から見ると二重の意味で助け舟になる。1ドル80円に比べて、1ドル120円は何を意味するか。まず、同じドル価格で輸出しても、手取りの円は1.5倍に膨らむ。1ドルで輸出したら、以前は手取り80円だったのが120円になるからだ。製造コストが70円なら、粗利は10円から50円へと5倍増だ。
また、円安になれば、その分ドル価格を引き上げる余力が出て来る。1ドルだったものを3分の2ドル(67セント)にしても、手取りは80円と変わらない。3分の1の値引きが可能になるから、競争力は飛躍的に増す。
これを、労働コストの面から見るとどうなるか。1ドル80円時代なら、時給800円の労働者の賃金はドル換算で10ドルだ。これが1ドル120円になれば、6.67ドルに下がる。つまり、国際的に見て、日本の労働者の賃金は3分の1カットされたことになるのである。円安とは、日本の価格がすべてドルベースで見れば大安売り状態になるのだが、当然のことながら、労働も安売りになるということを意味する。
これは、ある意味、究極の労働高コスト切り下げ政策だとも言える。輸出大企業はこれで一息つくと同時に、円安による大増益を実現した。
しかし、永遠に円安が進み続けるわけではない。結局、これで日本の企業の競争力が蘇ることはなかった。当たり前のことだが、企業経営者が単なるコスト競争ではない、新たなビジネスモデルへの転換を行うことができないまま、派遣規制緩和、円安などの政府によるカンフル剤を打ち続けているから、その効き目がなくなると、また元の木阿弥になるのである。
■低賃金政策第3弾が外国人単純労働者受け入れ拡大策
今、散々叩かれている外国人技能実習制度はその代表だ。「技能実習」で国際貢献というのは、真っ赤な嘘で、実態は、低賃金単純労働者を労働生産性を上げることができない分野に供給する仕組みだ。国営の「口入屋」と言っても良い。国が搾取するわけではないが、技能実習生が、間に入ったブローカーに搾取され、労働現場でもブラックな企業に搾取されるという悲惨な例が、いくつかという話ではなく、非常に広範に見られるのは、報道などでも皆さんご存知だろう。
単純労働者の受け入れには、もう一つの仕組みが既に存在する。それは、外国人留学生だ。08年に策定された「留学生30万人計画」。当時14万人だった日本への留学生を20年に30万人へと倍増しようという計画だ。そう言えば、聞こえがいいが、当初の理想はどこへやら。今や完全に単純労働者輸入計画になっている。
この計画は、実は非常に「順調に」推移していて、17年で26.7万人にまで増加し、目標達成は近づいている。留学生が増えていると聞けば、勉強熱心な海外の学生の間で日本の人気が高まっているのだなと思う人が多いかもしれないが、それは全くの間違いだ。
実は、大学生や大学院生などの高等教育機関の増加は非常に緩やかで、伸びているのは圧倒的に日本語学校生だ。過去5年では、3倍以上、増えている。彼らのかなりの部分は、コンビニやファストフードなどの飲食店でアルバイトをしている。日本で働くためにやって来ているという側面もあり、外国人労働者全体128万人のうち、学生アルバイトは23%も占めている。日本は、留学生のアルバイト規制がアメリカなどに比べて非常に緩い。これらの政策は、事実上コンビニなどの業界を支援するために、留学生を増やす政策になっているということだ。
「技能実習」も「留学」も実は、自民党政権が陰に隠れてやってきた、単純労働者導入政策である。しかし、これらを実施してもなお、日本には低賃金労働無くしてはやって行けない低生産性産業や企業が大量に存在するというのが、悲しい実態だ。
■外国人単純労働者を増やすより能力のない経営者は退場せよ
低賃金の温存とは、低生産性の温存と言い換えても良い。
「人手不足」と言うが、今、国会に出されている「単純労働者受け入れ法案」の対象となる14分野のうち、賃金、休暇、労働時間などで、他の分野に比べて非常に良い条件を提示している分野がどれだけあるのか。もし、他よりも低い条件しか提示できないなら、そこに人が来ないのは人手不足の問題ではなくて、単に、低生産性の問題である。この状況は、自民党が採ってきた経営者のための低賃金政策の当然の帰結と言って良い。
しかし、今回の法案は、来年の選挙に向けて、経済界を「買収」するためにはどうしても必要な法案だと、いまだに安倍政権は考えているようだ。選挙のために、できの悪い経営者の言いなりになっているのだ。
考えてみれば、安倍政権になって、12年から17年の間に実質賃金は4%以上下がった。これから上がると言うが、来年10月の消費税増税で、また実質賃金は下がるだろう。12年の水準に戻るのは相当先になりそうだ。今の政策を続けている限り、日本の生産性は上がらない。生産性が上がらない中で実質賃金を上げるには、企業の取り分を減らして労働者の取り分を増やす(労働分配率を上げる)しかないが、それは永遠には続けられない。
安倍政権は、今までの政策を根本から見直し、まずは、日本の企業経営者に、今よりもはるかに良い賃金、休暇、労働時間の条件を提示できる新たなビジネスモデルへの転換を強力に促す政策を始めたらどうか。
今、日本に一番必要なのは、外国人単純労働者ではなく、高い労働条件を提示できる経営者だ。それができない経営者には退場を迫るべきだろう。